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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)2119号 判決

控訴人(第一審原告)

岩崎さく

右訴訟代理人弁護士

海地清幸

被控訴人(第一審被告)

右指定代理人検事

筧康生

外二名

被控訴人(第一審被告)

水谷政太郎

外四名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴人が原判決添付第一物件目録記載の土地(本件土地)を所有し、被控訴人国が右土地上に在る同第二物件目録(一)(二)記載の各建物(本件建物)を所有し、その余の被控訴人らが本件各建物に居住し、それぞれ本件土地を占有していることは各当事者間に争いがない。

二そこで被控訴人らの本件土地の占有権限の主張およびこれに対する控訴人の主張について判断する。

本件土地は本郷孝子が控訴人から建物所有の目的で賃借し、同地上に本件各建物を所有していたところ、同人は昭和四二年四月六日死亡し、相続人がなかつたため本件各建物と本件土地の借地権を含む同人の遺産は相続財産法人となりはじめ本郷昌宏が、同人辞任後は本郷千代子がその相続財産管理人に選任されたこと、昭和四四年七月一三日右相続財産に関し東京家庭裁判所の特別縁故者に対する分与審判が確定したが本件(一)(二)の建物の所有権およびその敷地たる本件土地に対する賃借権は分与されずに残り、処分されなかつた財産として、本件各建物の所有権が国庫に帰属したことは当事者間に争いがない。

控訴人は、分与されなかつた財産が国庫に帰属する時期は分与審判確定時ではなく、右財産が相続財産管理人から国庫に引渡が行われた時であり、相続財産管理人は国庫に帰属すべき財産を具体的に国に引渡してはじめてその任務を終了するものである。本件各建物が管理人から関東財務局長に対し、財産引継ぎがなされたのは昭和四六年一月一日附であつて、これより先控訴人は相続財産管理人本郷千代子に対し昭和四五年六月一五日到達の書面をもつて昭和四四年八月一日以降の延滞賃料を三日以内に支払うよう催告するとともに右支払のないときは本件土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたから、これによつて右賃貸借契約は解除されたものであり、したがつて本件土地の賃借権は国庫に帰属していないと主張し、被控訴人らは本件各建物およびその敷地である本件土地の賃借権は前示相続財産分与審判が確定した昭和四四年七月一三日に国庫に帰属し、それと同時に本郷千代子の相続財産管理人としての代理権限は消滅したのであるから、控訴人主張の催告および契約解除の意思表示はその受領権限のない者になされたものであつてその効力を生じないと主張するので検討する。

右控訴人の主張する事実は成立に争いのない甲第四号証の一二および同第五号証によつてこれを認めることができる。しかしながら相続財産につき特別縁故者からの分与申立がなされ、これについて家庭裁判所の審判があつたときは相続財産の国庫帰属の時期は右審判確定の時が基準となることは、民法第九五九条の規定上明らかである。これを具体的にいえば、分与申立認容の審判において相続財産が全部分与されたときは国庫帰属の問題を生じる余地はないが、一部分与がなされたときは分与されなかつた残余財産が右審判の確定時に国庫に帰属することとなり、また申立却下の審判があれば清算後の全遺産が国庫に帰属する(分与申立が所定の期間(同法第九五八条の三第二項)内になされなかつたときは同期間満了時に国庫に帰属することとなる)。そして、右いずれの場合においても国庫帰属と共にそれまで存続した相続財産法人は消滅するのである。相続財産管理人は相続財産管理のため法定の職務権限を有し、対外的には法人の事務を執行するに必要とする範囲において相続法人を代理する権限をも有するものであるが、右財産管理人の有する代理権もまた前示相続財産が国庫に帰属し、法人が消滅すると同時に消滅するものと解するを相当とする。もつとも相続財産が国庫に帰属した場合には管理人は国庫に対し管理の計算、引継ぎをする任務を有するが、これらはいずれも国の機関に対し相続財産管理人としての任務終了に伴う事後処理としてなされる行為に過ぎず、相続人が相続を承認した場合と国庫帰属の場合とはその性格を全く異にするのであるから、民法第九五九条において同法第九五六条第一項を準用しなかつたことを根拠として、右国庫に対する引継等が終了までは相続財産法人が存続し管理人の代理権も消滅しないと解することは相当でない。

本件において、分与審判が昭和四四年七月一三日確定したことは前示のとおりであり、しかも右審判確定時の昭和四四年七月末までの本件土地の賃料が管理人本郷千代子により控訴人に支払われていることは控訴人の主張自体により明らかであり、管理人本郷千代子としては、本件建物および本件土地賃借権の国庫帰属即ち相続財産法人消滅までになすべき清算事務はすべて結了しているものというべく、したがつて本件各建物の所有権および本件土地の賃借権は右審判確定時において国庫に帰属し、それと同時に本郷千代子の相続財産法人の代理権も消滅したのであるから、右代理権消滅後になされた控訴人の賃料支払の催告および契約解除の意思表示はその受領権限のない者になされたものとして効力を生ずるに由ないものといわなければならない。

さらに控訴人は、民法第一一二条による代理権消滅後の表見代理を主張するが、表見代理は、もともと表見代理人の行為の効果を一定の場合に本人に及ぼすものであるところ、その効果を受くべき権利主体そのものが消滅した以上かかる代理の効果が生じる余地がなく、本件において権利主体たる相続財産法人は国庫帰属と共に消滅している以上同条による表見代理の成立する余地はなく、控訴人の右主張は採用できない。

以上の理由により、本件土地の賃借権は国庫に帰属し、国庫帰属による権利の移転は法律の規定に基くものであるから、相続の場合と同様国は右賃借権の取得をもつて賃貸人である控訴人に対抗し得るもの解すべきであるから、被控訴人国およびその余の各控訴人は本件土地を適法に占有するものといわなければならない。

三そうすると、控訴人の本訴請求はその他の点につき判断するまでもなく、いずれも失当として棄却すべく、これと同旨の原判決は正当であつて本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三八四条第一項によりこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき同法第九五条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(杉山孝 渡辺忠之 小池二八)

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